2004年お山歩F
山名 山域 山行形態 日付 備考
大坊山から
大小山
安蘇前衛 低山縦走 04.11/28 低山縦走の楽しさを満喫できる好ルート

低山縦走の楽しさを満喫できる好ルート
大坊山〜越床峠〜大小山
大坊山も大小山も標高僅か300m前後の低山で、単独では歩程も短かすぎてハイキングとも呼べないような本当の「お散歩」程度の山なのだが、越床峠を経て大きく馬蹄形に2つの山を結ぶと、低山縦走とでも呼ぶに相応しい魅力的なロングコースが出現する。登山口の大坊山中腹の大山祇神社まで家から車で10分程度、下山する大小山の阿夫利神社は5分程度と近いので、今回も車で送り迎えしてもらうことにした。

天気も良いし山にでも行こうと思い立ったのが昼過ぎだったので、登山口に着いたのが午後1時ちょうど。トランジスターラジオを954KHz、伊集院光「日曜日の秘密基地」に合わせる。会った人にクマやイノシシが恐くてラジオを鳴らしていると思われるのは甚だ心外だが、日曜の午後は余程のことがない限り伊集院のトークを聞かずに過ごす訳にはいかない。

九十九折の樹林を抜けて展望が開けると、眼下に四角く区割りされた毛野新町を見下ろすことが出来る。ここは大沼田条里跡といって昭和40年頃まで、東西約800m南北約1000mの律令時代の条里制の田んぼがそっくりそのまま残っていた場所で、住宅団地の造成で危うく陰も形もなく消え去るところだったが、折衷案で条里制の田んぼの区割りを残す形で宅地造成されたという経緯を持っている。班田収授とか口分田とか言っても近畿周辺だけの話だったんじゃねえの?とかずっと思っていたが案外身近に遺構があるもので、数年前にこのトリビア?を知った時は少なからず驚いたものである。

程なく大坊山の頂上で、本当にここは山のテッペンとは思えないくらい平坦でだだっ広い。草や潅木も生い茂っていないところを見ると、定期的に草刈りなどの手入れがされているのだろう。

長林寺との分岐点から大小山方面に北にコースを取る。大坊山と大小山は直線で結ぶとホントに指呼の間でいくらも離れていないのだが、これから歩くコースは東京〜新宿間を中央線でなく山手線を使うような感じに大きく馬蹄形に膨らんでいる。かなりマニアックなコースだと思うのだが、道は良く踏まれていて意外と歩き易い。

分岐から北に向かって突き当たりのピークが採石場の頭(仮称)で、元々は山があったであろう北側は見事に削り取られてスッパリと切れ落ちている。採石場ひとつ取ってみても土木事業によって生じる負のエネルギーが自然を蹂躙する破壊力は凄まじいものである。採石場の頭(仮称)は登らずに手前から南側をショートカットすることもできる。

ぐんぐん急降下して下り切った道標のある鞍部が越床峠。1999年の正月頃に越床峠付近の山中に野積みされていた数万本だか数十万本とかいう不法投棄の古タイヤの山が火事になり、風向きによっては直線距離で10kmは離れている我が家の方にもタイヤの焼けた匂いがプンプン漂って来て、タイヤの山はその後半年近くブスブスとくすぶり続けたという事件があったが、峠付近は丸6年経過した今なお焼けたタイヤの臭いが微かに漂っている。

越床峠から幾つかのピークをアップダウンしながら進み、大小山(妙義山・314m)に着いたのは4時近く。夕景モードですっかり景色も赤味を帯びて来た。ここまで来ればもう自宅の庭にいるのと大して変わらないので、ゆっくりと展望を楽しんでから、伊集院のラジオの最後のコーナーの「秘密キッチの穴」を聞きながら山頂を後にした。

律令時代の条里制の田んぼ上に造成された毛野新町 総勢100名くらいの高齢者ハイカー軍団が通過
平坦で広々とした大坊山の頂上・昭和40年8月に落雷による火災で焼失するまで神社があった
山川長林寺と大小山の分岐点 仮称・採石場の頭
採石場の頭(仮称)付近から左手に大小山への稜線と右手に大坊山
採石場の頭(仮称)にある看板 「北側の絶壁」の下はこうなっております
越床峠・大坊山と大小山のちょうど中間地点 ひとつ手前のピークから大小山(妙義山)
大小山(妙義山)頂上 大小山から大坊山を振り返る

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