2004年お山歩D
山名 山域 山行形態 日付 備考
石尊山(486.4m) 安蘇前衛 低山ハイク 04.10/23 今年もゼロから再出発・女人禁制の山岳信仰の石尊山

今年もゼロから再出発 -女人禁制の山岳信仰の石尊山-
石尊不動尊から石尊山往復
冬季の体力作りもすこぶるバッチリで楽しくなるはずだった2004シーズンは、白内障を患って治療していた間にあえなく終了。肝心の山スキーも山釣りも一度も行けず終いで、術後はずっとおとなしく養生していたので足腰もすっかり萎えてヘロヘロという冴えない結果に終わってしまった。しかし、ここでメゲて再び体力作りを始めなければ、「楽しい来シーズン」は永遠に来ないというものである。ロクにトレーニングしないで山の中を3日も4日も歩き続けられるようなスタミナは、残念ながらもう期待出来ない「トシ」なのだ。

昨年はストップウォッチでタイムを計りながら、日課のようにせっせと大小山ばかり歩いてトレーニングしたのだが、タイムを取るとつい無理をして体調の悪い日でもペースを落とせなくなり、強迫観念にかられて日に日に苦行化していって最後の方は肉体的にも精神的にもかなり辛い感じになってしまった。幸い足利市周辺の低山はなかなかバラエティーに富んでいて「お山歩」コースには事欠かないので、今年はタイムを気にせずに色んな山をのんびりと歩いて無理なく自然に体力を養うというソフト路線に方針を変えることにした。

石尊山は、足利市西部の小俣地区にある標高486.4mの信仰の山で、市内では割と高い方の低山である。毎年8月14日の早朝、白装束の地元の若い衆が15mの杉の丸太と千体の梵天を一気呵成に麓から担ぎ上げ、日の出と共に山頂に打ち立てて、丸太のテッペンに付けた梵天を競い合って抜き取る「梵天祭り」という豪快な祭りで知られており、「女人禁制」の石碑などもあって、低いとはいえ硬派な男の山?なのだ。

麓の石尊不動尊から「女人禁制」の石碑を経てしばらくは見晴らしのない九十九折の道だが、「十九丁目」辺りから気持ちの良い露岩の尾根道になる。西には大きく赤城山、群馬県の桐生市街も眼下に望むことができる。

山頂の手前にある石尊神社奥の宮には「石尊宮」と書かれた扁額の両脇に天狗の面が配されていて、大小山の大天狗・小天狗と同じ系統の山岳信仰の匂いがする。ただし、奥の宮から眼下に見渡せるのは採石場で、荒涼として殺風景な上に掘削音や重機のエンジン音が鳴り響いていて非常にウルサイ。

奥の宮から少し登ると「見晴台」という広場があり、地元ではここを石尊山の頂上と呼んでいる。更に起伏の少ない雑木林の稜線を進むと道の途中のヤブに埋もれたなんでもない場所に石尊山山頂の標柱と三角点がある。

稜線の道は緩やかな起伏を繰り返しながら標高506mの深高山へ続いている。ついでに深高山まで足を伸ばそうとしたところ、数匹のスズメバチが道の上で決闘?していて、遠巻きに見ていたらその中の一匹がこちらめがけて一直線に飛んで来た。コチトラ幼稚園児の時にハチに刺されてアナフィラキシーショックを起こして病院に担ぎ込まれ、マジで1回死にかけたことがあるので、君子?危うきに近寄らずでそそくさと退散した。

南側から石尊山・採石で山肌を削られている コース途中にある石仏・不動明王だろうか?
女人禁制の石碑・ストイックな信仰の山なのだ 尾根筋は気持ち良い露岩のコース
尾根筋から西方を望む・対岸の尾根の向こう側は群馬県桐生市
榛名山と桐生市街(手前の市街地) 赤城山・手前の尾根中腹に桐生のきのこ会館が見える
東側の採石場は殺風景な上に音がウルサイ 奥の宮手前が二十八丁目
石尊神社奥の宮 「石尊宮」と書かれた扁額と天狗の面
山頂手前の見晴台 雑木林に埋もれた山頂

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